短歌と日記

一日一短歌

三日目のカレー

いきなり結婚発表されて一番驚いたのは彼氏なんじゃないの?頭が良くてアイドルの才能もあってまだ20歳。それでも全てをフイにしてしまうほどの愛の力はつくづく怖い。世の中、もう少し愛の力が弱まればもう少し争い事がなくなるように思います。多分、お泊りデートってものは世の中で最も楽しいことのひとつだと思います。でも、同棲したら、結婚したら、毎日がお泊りデートです。三日目を越えても更に美味しくなる日々はとても稀です。

 

三日目のカレーはさらに美味いかと思えばさほどでもない朝に

 

 

使い捨てニュース

毎日のようにワイドショーで取り上げられた殺人事件も、犯人が逮捕されると徐々にフェードアウトし、殺された被害者ばかりクローズアップされただけで終わってしまう。どうして子供を守る立場の大人が子供を殺さなければならなかったのか?予兆はなかったのか?なぜ容疑者は黙秘をしたままなのか?最近の事件は更生とはほど遠いもののように思える。もう少し法律で守れる命を増やせばいいのに。人も時代も変わる中、法律だけが変わらない。

 

月のない夜に鳴らないiPhoneの指紋を消して星になる人

 

 

不良のふり

元不良が今は更生して、地元を支える人材になった。そんなありがちなエピソードにはうんざり。その不良によってとんでもなく嫌な思いをした人がいたことすら帳消しにしてしまう。このマイナスがゼロに戻っただけで賞賛される風潮はつくづく勘弁。だから少しの間、不良のふりをしよう。でも、「昔、やんちゃしてた」って表現はつくづく気持ちが悪いから言わない。

 

ずぶ濡れの靴で歩けばいつもより長く消えないぼくを残せる

 

 

幸せのクリーム

じぶんで働いてお金をもらってから、駄菓子をたくさん買えることにとても感動した。もう100円とか200円以内の計算なしに好きなものを好きなだけ買える。大好きなビスコも遠慮なく買える。ビスコのサンドしているビスケットを剥がしてクリームをついている方をラッキーな方として美味しく頂ける。小さなしあわせの方が長続きするからトータルでみたらしあわせは小さいほうがイケるかもしれない。

 

そしてまた繰り返される悲しみにビスコの白いクリームを塗る

 

 

廃墟ブログ

いぜん見ていた好きな人のブログを久しぶりに見ると、先頭にバナー広告が表示され、「この広告は三ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されます」と書かれていることがある。廃墟に残された落書きみたいに。その人はもう引越してしまったのか、ここに興味がないのか。ちょっとさみしい気持ちになる。あと百年もしたらインターネットは廃墟ブログだらけになるだろう。怖いし、恥ずかしい。

 

きみはもうここにはいないうさんくさいバナー広告だけを残して

 

 

エセ人見知り

道端アンジェリカが自分のこと人見知りって言ってたけど、そんなわけないだろ。会ったことないけど。たんなる恥ずかしがり屋とか口下手とかを人見知りと一緒にされては困る。なんか最近、人見知りって言うことでコミュ障っぽさを出して、ハードル下げようとしている思惑で使われているっぽい。ほんとの人見知りは自己紹介の一発目に私人見知りなんで〜とか人見知りアピールせん。

 

人見知りって言う人の七割はそうではないと思っています

 

 

迷い猫

電柱に時々貼られている探し猫や鳥(インコ)の貼り紙。写真と特徴と飼い主の連絡先が書いてある。見つけられたらと思うけど見つけたことはない。見つかってくれたらいいのにと思う。きっととても大事にされた生きものたちなはずなのに、それでも知らない世界に憧れてしまうのは、猫や鳥の本能なのか。ひとりの自由はやっぱり幸せ。

 

虹色の猫のピアスがあの部屋でのら猫として余生を過ごす